インテリア書 書作家 梅原千鶴からの メッセージ

 
 
 コラム
みのりの秋                             No. 14(10月6日)

 いよいよ実りの秋になりました。
 栗、柿、あおい蜜柑が売り場に顔を揃え、新米まで幟(のぼり)を上げると、五感で秋を感じずにはおれません。
 展覧会もあちこちで開催され、No.13以後に足を運んだものをご紹介します。

・川端紘一スケッチ展……大阪梅田阪急百貨店美術画廊
 墨の濃淡でスケッチされ、現場で仕上げられた先生の作品のファンである私は毎年この時期に開かれる展覧会をを楽しみにしています。今年のイタリア・スイスで描かれた作品の前でも、あたかもその場の空気を吸っているように感じました。画面いっぱいに描くのではなく、白い大きな余白こそ雄弁に語るその画風に私は感じ入るのです。

・赤毛のアン展……高島屋大阪店グランドホール
 私が高校入学当時、夢中になって読んだ『赤毛のアン』。少し訂正・加筆され、文字も大きくなった新刊の新潮社文庫本も約半世紀ぶりに再読終えての再会。 しっとりと青春時代にタイムスリップした至福のひとときでありました。

・ターシャ・チューダー展……大丸心斎橋店大丸ミュージアム
 ターシャさんは、アメリカ・バーモント州の村に住み、広大な庭でガーデニングを楽しみ、今年6月になくなるまで、昔のライフスタイルを貫いて生活していました。 生活のほとんどすべてを手作り、手をかけ、目をかけ、毎日の日常生活を楽しみました。1938年に処女作を出版以来、70年間に100冊もの絵本を出版してきた絵本作家なのです。
 ターシャさんは『人生は短いのよ。文句を言っている暇などないの。目の前にある幸せを、精一杯味わうことよ』と、言っています。彼女の人生観をお手本にしてこれから暮らしてゆこう……と思って、会場を離れました。

・畦石舎作品展……みやこメッセ
 先日亡くなられた梅先生の高弟、小先生が主宰する門下生の展覧会に行きました。 篆刻の塾展は、書・画も加わって、いろいろ発想が豊かで楽しいのです。 今年のテーマは『ビール』、中国の地ビールの名前が刻され、ビールのラベルと共に帖に収めめられていたのは、圧巻でした。また、梅先生を偲んで展示されたたくさんの遺作に接し、とても勉強になりました。加えて、小先生に古代文字の成り立ち、今の漢字の元を伺い、書の奥深さを今更ながら再確認いたしました。

・寛太郎染絵展……空鍵屋(SPACE KAGIYA)
 布に染めの手法で手描きされた彼の絵は、『和』でありながら、宇宙的な拡がりを感じ、奥様のデボラさんの和紙作品には、洗練された純粋な『和』を感じました。毎年精力的に発表され、デボラさんの和紙作品が加わってからは、楽しみが2倍になってうれしい限りです。

 染絵展の帰り道、四条通りで日比野五鳳先生の書に出会って 嬉しい驚き。
 夏痩せにうなぎを召し上がれ、と言う内容ですが、宣伝と言うより格調高き芸術作品です。ポスターを芸術作品に高めた……フランスの画家、ロートレックが頭を過ぎりました。

 芸術家の心血注いだ作品にふれ、魂を揺すぶられるいい刺激を頂きました。
 これからは、秋も深まって、静かに制作に打ち込みたいと思います。ターシャさんのように、日常の生活の中の楽しみも味わいながら……


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処暑                                  No. 13(9月2日)

 秋は、暦の上では8月7日の立秋に始まり、9月1日の2学期の始まりを以って
実感するのは、私だけではないでしょう。
 8月23日は処暑、この日の頃になると暑さも収まると昔から言われておりますが……残暑お見舞い申しあげます。

 この日私は、京都文化博物館で開かれていた六轡会展(ろくひかいてん)に友人と出かけました。この日は『処暑』の手前遠慮したのか、往路は真日中にも関わらず涼しくて、楽しく歩くことが出来ました。

 六轡会の先生方は篆刻家で、皆さん梅 じょ適先生の高弟で、奈良教育大や大阪教育大学で教えても居られ、公募の出品の多い中、毎年六轡会展を開かれ、今年で27回を数えます。

 三人三様の書・篆刻の表現に、毎年各先生方が表現の切り口を換えて……
27回目となると、脱帽です。

 私の使用する印の大半、お世話になっている小先生とお話しました。
「時間が有ると、『書』を書くより僕は石を刻したくなる……」と。
 昔から『好きこそものの上手なれ』と申しますが、ホントにそうですね。
『習うより慣れろ』とも申しますが、表裏一体の真理でもあると思いました。

 もちろん師、梅先生の賛助出品作品2点も飾られていました。
 今日の夕刊で、梅先生が8月27日に亡くなられたことを知りました。
 篆刻に興味を持って先生の印影をよく拝見しましたが、私が申すにはおくがましいのですが、実に才ある方だと尊敬していました。
 奇を狙うことなく、品格高く爽やかで、実にスマートなんですね。これがやはり、時代に左右されずに残る名作品だと思い、自分にもよく言いきかせています。

 梅先生は、今年91歳の辰年です。
 この欄でもよく登場された輝さんも同じ辰年の91歳です。
 梅先生より少し前の8月7日、天国に旅立たれました。
 今年のシルバー展(7月6日)をご一緒して、大阪市立美術館・隣の一心寺にお参りしたのが最後となりました。
 最後まで『書』への情熱を持ち続けられていたことを、見習いたいと思います。
 お二人のご冥福を心よりお祈りいたします。
 
 
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鶴悠会書展                            No. 12(7月16日)

 アトリエの入り口で咲き誇る紫陽花が、優しいピンクで華を添えてくれた展覧会今年も盛会裏に幕を閉じました。

 いろいろ新しい試みで臨んだ展覧会でもありました。
 一般の部と学生の部に分けての展示。
 初めてお目見えしたインテリア書の作品。
 子供たちは例年のお軸作品以外に、神宿る熊野灘のいろいろな石にいろいろな文字を認め、四季の色画用紙に甲骨文字を大筆で思いっきり楽しんで書きました。子供たちの作品は、大人には真似の出来ないものがあり、いつも楽しみにして来てくださる方達にもご満足頂けるよう、お軸以外の作品は前・後期通して飾りました。

 一般の部は、古典を礎として学習する方、硬筆だけを学んでいる方、インテリア書の方・・・と、内容はさまざまながら、学習の境を感じることなく楽しい作品が並びました。
 若い柔らかな感性で、屏風に花を飾り、『慕情』の歌詞を英語で書きました。
絵の得意なAさんは、富士の絵と蕪村の2句で屏風に『和』を認めました。
 硬筆のお稽古をしているNさんは、花鳥風月を、大きな屏風に左右親子で競演し、新しい世界を見せてくれました。
 写真とパソコンの趣味を書と合体させた黒一点のNさん。
 出品者の中で、最高齢92歳の輝さんは、お得意の古典臨書と去年シルバー展に出品した『五風十雨』のお軸、加えて遊び心の表現されたミニついたて・・・作品の数においても最多の展示となりました。
 初めての篆書で苦労するも、持ち前のパワーで堂々と書かれたAさんの『水竹居』 大胆なデザインの額に引けを取らない作品となったのは、太極拳とあい通ずるものがあるのかもしれません。Nさんは、太極拳の指導者でもあるのです。

 すべての作品をご紹介できず残念ですが、出品者は、それぞれもてる力を十分発揮してくれましたので、いい展覧会になったと感じています。

 最後になりましたが、ご高覧いただきました方々に暑く御礼以申し上げます。
 有難うございました。


新緑の京都にて                           No.11(5月12日)

 創立当時からお付き合いのある文房四宝のお店が、毎年新緑の美しいゴールデンウィークの始まりに、京都岡崎で展示即売会を開きます。
 私は沢山の紙や筆の種類の中から選択し、一年分の消耗品を購入します。
 ここで、普段ご無沙汰の書の仲間と出会い、近況、情報交換と、楽しいひとときを過ごしました。
 
 仮名が専門の先輩のSさんと一緒なので、書についても美術についても話しが次から次へと弾み、去年と同じように京都国立近代美術館に寄りました。

 ここでは、『生誕100年記念 秋野不矩展』が開催されていました。
 静岡で生まれた彼女は21歳のとき京都に出て日本画を学び、官展に出品し続けて期待された画家でした。
 しかし官展の従来のあり方に納得できず、戦後創画会を結成して活躍する一方で、京都市立芸術大学で永きにわたり後進の指導にあたりました。
 
 54歳のとき乞われてインドの大学に赴き1年間暮らしたのを機に、インドを描き始めました。 それらを含む70年に及ぶ画業が網羅されていて多くの人が静かに鑑賞していました。

 チケットに印刷されていた『帰牛』の絵はかなりの大作でした。牛10余頭が水の中を帰って行くインドの風景が描かれたものですが、『悠久のインドの息遣い、空気、牛たちの物憂げな足取り』が、あたかもその場に居合わせたように迫ってくるのです。
 シンプルな色使いと表現でありながら、実に観る者に大きく訴えてくるのです。
 先輩と素晴らしい代表作90余点鑑賞しながら「きっと独身で画業に専念されたのでしょうね」と、話していました。

 ところが図録を手にして驚きました。
 20代で結婚、5男1女の母親でもありました。
 インド滞在後たびたび海外を訪れ、93歳で亡くなる前年にもインドをおとづれていました。

 芸術に心打たれ、画伯の人生を垣間見て、私は完全にノックアウトされてしまいました。
 

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『美術展』観て歩き             No.10(4月7日)

 2月から3月にかけての1ヶ月、天王寺美術館で大阪日展が開かれ、毎年多くの人が訪れます。ご多分にもれず、私も仮名作家の先輩Sさんと、お天気に恵まれた暖かな1日出かけました。
 今年最も私の心に響いたのは、吉川蕉仙先生の作品でした。鍛錬を重ね、高度な技術に裏打ちされていながら、初々しさと華やかさが感じられたからです。 師事していた今は故人となられた山内 観先生が「良い作品には、相反する両極が存在する」と、話されていたのを思い出しました。
 なるほど心に響いたのは私ばかりではなかったようで、「文部大臣賞」が輝いておりました。

 高島屋美術部創設百年の催し京都高島屋で、人間国宝・十四代酒井田柿右衛門展が開かれていました。所用で出かけたついでに美術画廊に立ち寄ったのですが、目の保養をさせていただき、とてもラッキーでした。
 子供のころ、母から「柿右衛門は、あの赤い色を出すのにとても苦労したんよ」と聞いていましたので、鑑賞意欲も一層盛り上がりました。

 初代柿右衛門は地色の白に、濁った米のとぎ汁のような暖かい白を出すのに苦心惨憺したようです。母の言っていた「赤」を出すのに苦労したのは何代目だったのでしょうか? 
 14代柿右衛門さんは、『代々の柿右衛門が作り育ててきた技や美を見極め、その中で自分の思いを表現することに力を尽くしてまいりました。これからも伝統という大きくてゆるやかな流れにさからうことなく、良いものづくりに自然体で取り組んでいきたいと思っています』と、案内状の中で述べておられます。

 人間国宝でもある超一流の方が制作されているにも関わらず、『驕り・近寄りがたい』といったものが微塵も感じられません。形に地色の白に温かいぬくもりを感じ、赤で描かれた蓼がやさしく風にゆれ、あたかも私に語りかけているように思えました。心に優しく響く作品群と時間を忘れ、画廊の静かな空間で至福のひとときを過ごしました。

 思いもかけず、良き出会いに感謝して、芳名録に墨で足跡を残して置きました。あまり日をおかず、ご丁寧なお礼状を受け取りました。文面に、一層精進してまいりたいと存じます・・・と書かれてありました。
 作品とお人柄がオーバーラップして、私の心に柿右衛門先生の作品制作の姿勢が深く刻まれました。


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現代京都書作家展           No 9(2月5日)

 毎年小正月の頃に、京都大丸で開かれる現代京都書作家展。今年は大幅にずれ込んで1月30日〜2月4日の開催となった。
 例年のような京都ならではの「はんなり」したムードに欠け、着物姿も少なくて少し残念に思ったのだが、会場は大勢の人、人、人・・・・・で大盛況だ。

 この展覧会は、日展を鍛錬の場とし、新しい感性と技法で「書」の本質を表現する京都在住の作家百五十余名が一同に集う。昨秋日展初入選12名が加わっての恒例の催し、今回は第43回を数える。 

 現代最高峰の書家二十人による新春恒例の「現代書道二十人展」がつい先般、難波の高島屋で開かれたばかりであるが、うち4名の先生方が京都在住で京都書作家展にも出品されている。

 「書は体をあらわす」とよく言われるが、ホント、性格や書かれた時の気分が滲み出るので、作家の側からすれば怖いものがある。本人が気づかない場合も多いが、他人の目はごまかせない。「世の中見える人千人、見えない人千人だ」と師事していた山内先生の弁を思い出す。偉い先生の書を評するのは誠にもって僭越至極であるが、現代二十人展のメンバーに初めて選ばれた先生の京都書作家展の作品は、いつも私は真底好きな作品に出会う。書作家の心を見る思いである。

 知人・友人も沢山出品しているので、見落とすことの無いように気をつける。京表具も見逃せないし、落款の印も注意して観る。
 篆刻家の作品はデザインの要素も加わり、斬新なアイディアが盛り込んでいて興味深い。今年はお軸に印2つ、側款の拓1つ、赤と黒のバランスが良い。本紙の右下方に赤いのが見えるのでしゃがんで確認すると・・・なんとねずみの肖形印であった。コンナ遊び心も表現できる篆刻作品に拍手!


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頌春                       No 8(1月上旬)

 あけましておめでとうございます。
 干支第一番目の子歳を迎え、心も新たに、初心に還って精進したいと思っています。今年も変わりませず、皆様の暖かいご指導をお願いいたします。

 石川遼君が16歳でゴルファーとしてプロ宣言したと、報道で伝えられました。 彼のコメントから(学業との両立はもちろん、より高いハードルに、世界での自分の可能性にチャレンジする)と受け取りました。受け応えも16歳とは思えない落ち着いて、しっかりしたもので、感心しました。それは、一つの道を一途に努力精進を重ねてきたことによるもので、試合、練習を問わず、常に短時間の内に正確な判断が要求されて培われたものだと、私は思いました。

 私の好きな句に、「万法帰一」があります。これは恩師、故山内観先生が日展で特選を受賞された折に頂いた短冊に書かれていたものです。その時まだ若かった私に、ことばの意味を教えてくださいました。「すべての道はローマに」「すべての法(おしえ)は一つに・・・」と。

 遼君がこれからの長い道を、躓いたり滑ったり、いろいろな苦難を乗り越えて初心を貫徹していただきたいと心から願っています。

 厚顔ながら申し上げますと、私も書の道に志したのが遼君と同じ16歳でした。大阪府下高校の競書大会で一位を頂いたのがきっかけでした。ン十年の永い年月が経ちましたが、今も同じ書の道に精進できる幸せを感じ入っています。しかし、道の奥深さ、自分の無知、無力を常に感じる日々でもありますが、生涯現役で頑張るつもりでおります。

 最後になりましたが、皆様のご健康とご多幸を祈りあげています。

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ふれ愛                      No 7(11月3日〜)

昨日「ふれ愛の10年」と題する本が届きました。
これは「阪大病院ボランティア(平成8年〜平成18年)のふれ愛の10年のあゆみを記したものです。

ボランティア委員会委員長を務められている先生からのお話しを喜んでお受けしたのは、もう1年も前になるでしょうか。
真っ白い表紙に私の書いた筆文字、墨色の「ふれ愛の10年」がバランスよく配置され、しかも一番目に付くようにデザインされていて、少々気恥ずかしくもあります。

本の内容から、暖かい愛情を文字に籠めて揮毫いたしましたが、皆様の目に私の思いが伝われば、こんな幸せはありません。

かつて私は、公募展、特に日展を目指して書に励んでおりましたが、このような形で私の「書」が世の中のお役に立てることを大変嬉しく思います。

子供の頃から私のアトリエにお稽古に通ってくれたI子さん、ご主人の転勤で今オランダに住んでいます。この夏現地で初産し、お母さんになりました。

彼女はオランダで知り合ったお母さんたちに、命名書と申しましょうか、赤ちゃんの名前、生年月日や体重を筆文字で作品風にまとめフォトスタンドにいれ、プレゼントしているようです。

物事なんでもかんでもコンピューターの時代にあって、筆文字は何か心安らぎます。かつての教え子が、遠い異国で「書」を多くの方に身近で親しんでもらっている・・・・このような便りを頂くと感無量です。

これからも色々なかたちの「ふれ愛」を大切にしてゆきたいと思います。

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村上三島展                   No 6 (10月1日〜11月3日  )

難波高島屋で開催中の「20世紀書壇の巨匠・村上三島展」に出かけました。
三島先生を偲ぶような小雨の降る日曜日に。

会場入り口に近ずいた時、 「エッ!先生が立っておられる!」一瞬息が止まりました。 あまりにも往年の先生に似ておられたご長男。
傍らのご長女の陽子さんが「遠山さん」と声をかけていただき、そのお顔にお母様の面影が偲ばれて・・・。

もうずい分昔ですが 以前のお住まいはご近所だったのです。
お稽古に通っていた時、子供心に「やっぱり先生の娘さんは上手いナ〜」と昨日のように思い出しました。

三島先生の長興会に所属して沢山の事を学ばせていただきました。
子育て・両親介護の時期が重なって退会いたしましたが、今も深く「書」と関わって暮らす幸せに感謝しています。

展示されていた1957年〜65年ころに三島先生が書かれた作品は、私の目にとても新鮮に映り、また心に染み込むものを感じました。

今日、先生の若かりしころのお作に触れ 初めて作品の流れを理解できたように思います。 「書」への情熱は 亡くなられるまで衰えることがなく、「この作品は最も書いたもので 三千枚書いた」と先生の言葉が添えられているものもありました。

先生は50歳から中国語を始められましたが、短期間で流暢にお話されたように伺っています。抜群の記憶力と惜しまぬ努力をしてはじめて「巨匠」と呼ぶに相応しいのだ・・・と思いました。

会場でのいろいろな出会い、 遠い昔にタイムスリップした1日でもありました。

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熊野 出会いの里にて             No 5 (8月3日〜9月30日)

世界遺産に登録されている熊野本宮町、熊野川と請川が出会うところの高台にあり、神々しい山々が連なり季節・時間を問わず安らぎ和ませていただく「出会いの里」。

ここ出会いの里に アメリカ・アルゼンチン・ノルウェー・・・・からカップル・家族・お友達が遠路はるばる集まりました。7月28日の結婚式に出席するために・・・
花嫁さんのご希望で彼らに日本文化の紹介の大役を仰せつかった次第。

大きな画仙紙に大きな筆で漢字を1字書いてもらいました。半紙に参考手本を書いておきましたが 思いのままに書く方、どのように書くのか筆順を尋ねてから慎重に書かれる方。漢字に対して先入観がなく、その意外性がとても新鮮に感じられました。

それぞれの作品に落款を入れました。カタカナを用いて書き込みましたがノルウェーの方は何度聞いてもカタカナに音を移すことが出来ません。英語にもない音だ・・・とご本人も仰って納得してはいるものの残念そうでした。

外国ではサインが主流ですが、そのため印に興味を抱く方も多いようです。私の友達のアメリカ人は帰国の時 自分の名前の音を漢字に置きかえハンコ屋さんに彫ってもらって持ち帰りました。それが記憶にあったので篆刻の用具も準備して行きました。

最初希望者は少なかったのですが 母屋で話題に上ったのでしょうか?次から次に印を刻したい・・・・と来てくださるのです。
カタカナで1字刻ろうか?と考えていましたが なかなか皆さんの希望は高く、ジェッシーは「慈」を篆刻辞典の中から選んで刻しました。音楽家のヴィクターさんは「音」を選びました。真面目でトテモ素直な弟マターンには麻多庵の文字を当て「麻」を刻しました。それに加え、マターンの名前は贈り物を意味し「贈」もまた時間をかけて熱心に刻しました。
お母さんのサラさんには沙羅の文字を当てました。沙羅の意味が夏椿(camellia)と伝えると殊の外喜んで下さり、「この印を使うたび見るたび思い出すことでしょう。」と・・・・・

恩師 故山内 観先生が「我々みんな地球家族・・・」と仰っていたことを思い出します。 国を超え、異文化を越えて仲良くしてゆきたいと心から願います。
 地球家族 万歳   地球上から戦争が無くなることを切に祈って・・・・・
(7月24日・ 明日から熊野に どんな出会いが・・・に関連したものを載せています。ホームのところからブログにリンクできます。)

先輩ご夫妻の多大な協力を得て、里長・麻野ご夫妻のご好意のお蔭で 恙無く楽しく「書」の体験をして頂けた事、大変嬉しく思っています。 有難うございました。

 

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シルバー書道展                      No.4(7月3日〜8月3日)
全国シルバー展が毎年開催されて今年で20回の記念展となりました。
各都道府県ごとに催され、作品サイズ4種類(半紙・写経・半切1/2・半切)の軸装で6月26日から7月1日まで大阪市立美術館に飾られました。

出品資格は65歳以上。今年は最高齢101歳の方が2名、共に女性。平均年齢は74歳。1610点の応募があり  88歳以上の方の作品には赤いリボンが華を添えます。

6月28日には森の宮ピロティーホールで記念討論会・テーマ「心に残るシルバー書道展を」元ラジオ・アナウンサーの司会で進められました。

奨励式から始まり、壇上で米寿以上の方が賞状と記念品を授与されました。
壇上には96歳でかくしゃくとしている方、お洒落して来られた方。 トテモお若く
見える方。まるで七夕のように生存を確かめ合っている方・・・など「書」が元気で長生きに効用がある、と言うことをこれほど間近で拝見したことは今までありませんでした。

お世話される係りの方の出品者への心配り・・・
何よりも授与される大河内先生が 座っている方達に賞状を足を運んで手渡され、それがトテモ微笑ましく感じたことでした。

印象深い作品24点についての紹介と解説があり、選ばれた作品に共通していたことは「無心の作」 技巧に走らず直筆で書かれた素朴な作。
高いレベルの作品も数点ありましたが概して親しみの覚える微笑ましい暖かい作品でした。

審査基準として仮名は「昨年は余白の美を。今年は古筆を学んでいる要素をみた」とおっしゃり、漢字の先生は「楽しんで書かれた作品を選びました。」・・・と。
101歳の女性「天上大風」・・・・これは良寛さんの作品でよく眼にしますが内容より年齢に脱帽。
実行委員長の大河内仙嶽先生は「人間が作品を支える・生き様を墨色や線で美しく表現していってほしい・・・」と最後を締めくくりました。

私の門下生でただ1人出品資格を持つ筒井 輝さん。 御歳90歳。
参加して感無量のご様子。「これからはもっと外に出なければいけませんね!・・・前にもまして 前向きに。

とても印象深い1日でした。

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誕生                                                                             No.3 (5月23日〜7月3日)

連休の一日、春日丘高校の一年先輩で書道部の部長であった貴子さんと京都岡崎で開かれている和漢文房四宝展に出かけました。

今なお好きな書と深く関わる毎日の二人
恩師横田祥瑞先生のこと、惜しみなく協力援助してくれた今はなき両親や家族のこと、紙・筆墨のこと、書について・・・とおしゃべりは留まることがありません。

思い起こせば書道部員でなかった私に 競書大会に参加出場するよう勧誘に来て、書の道への扉をそっと開いてくれた人。
この出会いが書家としての私の原点であるように思います。

会場を後に京都めぐりの人を避けながらゆったり歩いておりますと 福田平八郎の展覧会場の前に出ました。以前の難波・高島屋での感動が蘇ってきます。

私が平八郎画伯に畏敬の念を抱くのは 誰もが身近で見ていながら取り上げることのなかった日常の自然を単純にして存在感あふれる作品に昇華しているところです。

平八郎画伯のアトリエは二階にありました。

制作に疲れ窓から外を眺めていると 夕立が降り出しました。
瓦に雨粒があたっては消えてゆく・・・それがとても新鮮に、興味深く眼に映り生まれたのが名作「雨」でした。結果的には瓦が主、雨が従の形になりました。

芸術について・・・先生の絵を見ることで悩み・迷いが払拭され、新たな気を頂き学んだことが私には多くあったように思います。
 
20日の日曜の午後天然酵母のパン屋さん「楽童」のバースデイ・ライブに行きました。

ミュージシャン山村誠一さんの奏でる素朴な楽器のかずかず・・・。
鼓に似た太鼓のおしゃべり トーキングドラム
ギターと竪琴の原型である ビリンバウ
木琴のご先祖 スリットドラム
コマーシャルにも登場したメロディーーが表現できるスチールパン・・・・

彼の手にかかると大自然の中にいるよう・・・
瞼閉じればあたかも清らかな早朝の鳥の囀り
太陽が地平線にしずむころ無数の鳥がねぐらに戻る巨木のそば。
茜に染まる大草原のかなたには陽炎のようなキリンや像のシルエット。
ボストンで観たブロードウェイ 「ライオン キング」とオーバーラップし、
2004年秋にタイムスリップした楽しい豊かなひと時でもありました。

パンが大好きだった姑が天国に旅立った3年前の5月20日、共に暮らした日々が懐かしく思い出されるt季でもありました。

今年中国では六十年に一度の金の豚の歳(干支は丁亥・豚は日本のいのししのこと)にあやかって出産ラッシュと、たどたどしい日本語で語る新婚の女性。

第一次ベビーブームに生まれた皆さん、金運はさておき、これからは心豊かに人生をエンジョイしていきましょう。

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桜                           No 2 ( 4月13日〜5月23日)

今年は暖冬の煽りを受け 桜の開花日をめぐってニュースになりました。
そんな中、誘われてお花見に出かけました。
大阪城は旬と言うに相応しく わが世の春・・とばかりに咲き誇っておりました。

桜に酔って歩いておりますとストリートファイターズ ”エバリー”と出会い 微風を感じながら聴くヴァイオリン・チェロ・クラリネットの調べ。
ジャンルを超越するバンドEverlyの路上クラシック・ライブの楽の音がやさしく心に響きました。

遅れること二日。京都で開催中の展覧会に足を運びました。

油彩画家・相原求一郎展では 彼の絵画を描くことへの情熱、時代の波に揉まれながらも迷いから自身の画業確立に至ったかれの描く雄大な自然から大きなエネルギーを頂きました。

平安神宮の傍、美術館から見下ろす川沿いの桜の美しいこと・・・・・
車窓から山崎辺りの見事な桜も愛でることが出来 充実した桜三昧の一日でも
ありました。

ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花のちるらむ    紀 友則
今は亡き母静子がこよなく好んだ桜。
母の誕生日(4月11日)が廻ってくるたび桜とこの歌が一体となって 限りなく母を身近に感じさせてくれます。

春うらら 山も里も 命あふれて         自詠

ご高覧 ありがとうございました。

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           No.1 (3月20日〜4月12日

はじめまして書作家梅原千鶴です。

今から遡ること何年になるのでしょうか?

府立春日丘高校二年在学中に、大阪府下高校書道競書大会で第一位を頂戴したのを機に「書の道」を志ました。
若い頃は、日展を研鑚の場として励み、後フリーとなり漢字・仮名・篆刻など幅広い作品を創作し、新しい世界のインテリア書を展開しています。

今年は丁亥、私の干支でもあります。
この道一筋に突き進んできて現在に至りました。

ITに弱い私ではありますが、たくさんの方達のご協力を得てホームページを
リニューアルすることが出来ました。

この度、コラムの欄も新たに設け、これからいろいろの思いを発信出来ることを
大変うれしく思っております。

「書」の教室・インテリア書で楽しいふれあいのもと生徒さん達と共に
成長してゆきたいと思っています。

また、これからも多くの方達に和み、寛ぎ頂ける書作品を提供してゆきたいと
思っておりますので、ご高覧下さいますよう、よろしくお願い致します。
 
 



















2008年5月30日〜6月2日   鶴悠会書展



アトリエ梅原





場所:大阪府吹田市内本町1丁目7の3 
 
阪急吹田駅から徒歩2分
JR吹田駅から徒歩5分
TEL&FAX 06-6381-2672







・書道教室では、随時、無料体験学習を行っております。
・前もってお電話でのご予約が必要です。

・インテリアアート(書)のご購入希望の方は、お気軽にお問い合わせください。

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